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2016年3月の記事

さまよえるオランダ人

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神奈川県民ホール主催の「さまよえるオランダ人」の3月20日公演を観てきました。

指揮:沼尻竜典、演出:ミヒャエル・ハンぺ、装置・衣装:ヘニング・フォン・ギールケ

オランダ人:青山貴、ダーラント:妻屋秀和、ゼンタ:橋爪ゆか、エリック:福井敬、マリー:小山由美、舵手:清水徹太郎

合唱:二期会合唱団、新国立劇場合唱団、藤原歌劇団合唱部

管弦楽:神奈川フィルハーモニー管弦楽団

舞台装置に動く映像が多用されていました。休憩なしの通し上演です。バイロイト祝祭劇場を作ったところからも分かる、ワグナーの楽劇への特別な思いが良く反映されていたと思います。

皆さんの熱意が良く伝わってくる熱演でした。

ただ舵手が二人いて、一人が舞台中央でずっと横たわっていたのが意味不明でした。


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カントの墓

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近頃、布団に入るとラジオを点ける癖がついてしまいました。おもに「ラジオ深夜便」を聴いているのですが、先日、墓マイラー・文芸研究家 カジポン・マルコ・残月さんの「お墓参りのすすめ」(再放送)を聴きました。

この方は世界中を旅してお墓参りをしているのだそうです。一般に昔のお墓は不便な場所にあって様々な苦労があるようです。

その中でイマヌエル・カントのお墓を訪ねた時の話しが特に印象的でした。バスの便がなくて、ポーランドの国境警備隊に頼み込み、地元のおばあさんの車に便乗してカリーニングラードに行ったそうです。

カントのお墓がカリーニングラードにあるとは知りませんでしたが、東プロイセンの人だから当然といえば当然ですね。

またカリーニングラードの話になってしまいました。何かの因縁のような感じがします。

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ワシントンDC駆け足訪問(その3)

五日目:

朝一番でユニオンステーションに向かい、フィラデルフィアへ行きのAMTRAKの切符を買いました。これもクレジットカード。何故かパスポートが必要。

8:10発のNortheast Regional #152 (普通列車)

ワシントンDCを出るとメリーランド州にはいり、ボルチモアを経てデラウエア州のウイルミントンを通り、ペンシルヴァニア州フィラデルフィアの30th Street  Stationに到着しました。

ここでAMTRAKからSEPTA(Southeastern Pennsylvania Transportation Authority)に乗り換えてSuburban駅まで移動。ここまではAMTRAKの切符で乗れる。

昔の土地勘はすっかりなくなっていて、地上への出口が分かりにくかったが何とかArch Streetに出られました。シティーホールがすぐそばに見え、William Pennnの像と再会できました。

美術館の方向へ進むと、道路工事の柵が多くて見晴らしが大変悪くなっていました。何とか美術館へむかうParkwayを進みました。かつてのLogan Circle は今ではLogan Squareという広場になっていて、噴水が寂しそうにに見えました。昔、噴水の周りのベンチで日がな一日新聞を読んでいた年金生活者たちはその後どうしたでしょうか。

この日は美術館で特別展をやっていてPOPという大きな字が見えます。

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美術館への道

やっと美術館の前の大階段を上がると、遠くにシティーホールが望めました。昔と違うのはシティーホールより高い建物が林立していることでした。

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美術館前からシティーホールを望む

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美術館の壁面の群像はきれいに保存されています

特別展のせいで外まで人が溢れています。中に入ってベンチで休憩しました。

ゴッホの向日葵などお馴染の収蔵品を見て歩きましたが二人とも足腰が限界に達しました。

外に出るとタクシーが客待ちしていたのでそれに乗ってReading Terminal Marketまで行きました。旅行案内書ではこのマーケットの歴史は古いということになっていますが、小生の記憶にはありません。因みに小生は50年前、市内からReading Lineで郊外に向けて通勤していました。ごった返す市場内を歩き回って、ドライフルーツなんかを買いましたが家内が気に入るようなお土産は見当りません。

そこを出て歩いていると昔見た場所に出たとたん、”John Wanamaker”の名前が蘇りました。そこで年配の警察官をつかまえて尋ねると、にこにこしてMacy’sに変わったがまだあると教えてくれました。

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日本橋三越のお手本になったJohn Wanamaker(現Macy's)のオルガン

店内に入るとまず一番にあのオルガンがありました。よく土曜日の午前中に聴きに行ったのを思い出しました。

店内を物色したあと1階にあるStarBacksで休憩。日も傾いてきたのでSEPTAの駅に潜ってみたものの、切符の売り場が分からず改札口の女性に尋ねました。AMTRAKでワシントンに帰るというと、ここからは入りなさいといって改札口を開けてくれました。、訊けば最近沖縄の海兵隊にいる息子のところに行ってきたとのことで、日本は綺麗だとほめていました。家内が手製の日本人形のブックマークを差し出すと喜んでいました。

30th StreetでSEPTAから出ると50mほど先に見えるAMTRAKの駅は昔の壮麗な駅舎の印象とは違っていました。辺りの景色もすっかり変わって見えました。とに角窓口で帰りの切符を買いました。今度はビジネス特急(Acela Express)でした。

ところが列車の到着が1時間ほど遅れてそのあいだ列に並んで待たされました。列の前のご婦人が苦情の電話を掛けるといって息巻いていました。乗ってみると”Quiet Car”で話が出来ません。何かちぐはぐな感じで気分を害しました。

例によってセブンイレブンに寄ってホテルに帰りました。

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六日目:

最後の一日ということでやり残したことを片付けようと張り切って起き出しました。翌朝は7時の便なので4時半ごろホテルを出る必要があります。支払いとタクシーの予約を済ませました。フロントに教えてもらったドラッグストアーCVSに出かけチョコレートなどを仕入れて帰りました。

何か買い物をしたいとCity Centerというコンプレックスに行ってみましたが、有名ブランド店が入居しているだけで全く的外れでした。

チャイナ・タウンの門をくぐり、少し先を右折して中華料理の店で昼食を摂りました。どこでも困ったときは中華料理店に入ればいいと思っているのですが、今回も当たりでした。

近くのアメリカ美術館と肖像画美術館を少し眺めてからホテルに帰りました。

18時ごろにタクシーを呼んでもらいフロントで教えてもらったステーキ・ハウスに出かけました。Dupont Circleに近いAnnie's Paramount Steak Houseという小ざっぱりした店で、17th Steetに張り出した席に座りました。

店内は「飲み屋」の風情で地元の人達で賑わっていました。

WAGYUばやりの当節では珍しい昔ながらのフィレ—・ミニョンを味わうことが出来ました。

工事中のQ Streetを歩いてDupont Circleに出て地下鉄で帰りました。

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七日目:

早朝4時半にタクシーでホテルを出ました。日本でいう所のハイヤーで、運転手はケニヤから来た人でした。お母さんはアイリッシュだと言っていました。オバマ大統領の影響でケニヤ出身者は肩身が広いようでした。

シカゴ乗り換えの便でしたが、シカゴで機体が故障で別のゲイトに移動させられたりして3時間近く遅れました。帰ってみると大雨でした。

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ワシントンDC駆け足訪問(その2)

三日目:

地図で見るとホテルの前からNew Hampshire Ave. をNNWの方向にまっすぐ歩けばDupont Circleに行けるように見えます。Dupont Circleの近くにフィリップス・コレクションがあるので訪ねることにしました。

朝一番で実行に移しました。途中でWashington Circleを越えると直進する筈の道が分からなくなり少し戻ってやりなおしました。ワシントンの街は東西南北の碁盤の目のほかに、所どころにあるCircleを起点とする放射状の道がたくさんあって慣れないと分かりにくいのには閉口しました。斜めの道を歩いているときには自分が斜行している自覚がなくなります。

30分ほど歩いてやっとDupont Circle に着き、近くのコーヒーショップの2階で一休みしました。学生らしい男女や労働者風の男達で混んでいました。

店を出て、Massachusetts Ave.をNWの方向に歩いていくと大使館らしき建物が並んでいました。よく分からないでうろうろしているところに学生風の若い人たちとすれ違ったので、尋ねてみると、その中の一人がスマホで調べて教えてくれました。スマホ音痴の小生としては完全にお上りさん気分でした。

途中で敷石に靴の踵を引っ掛けて転倒するアクシデントに見舞われましたが、何とか探し当てました。

企画展としてPaul G. Allen Family Collectionの風景画展を開催中でした。下の2点はその中のお気に入りを写したものです。

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Maxfield Parrish, Riverbank, Autumn(detail), 1938

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Eruption of Mount Vesuvius with the Ponte della Maddalena in the Distance, by Pierre-Jacques Volaire (known as Chevalier Volaire), 1770

観終わって我ながら疲れているように感じました。時差ぼけかもしれませんが常設展を見る元気が出ません。出口から外を見ると防寒対策万全の通行人が見えました。結局、そこで切り上げて引き上げました。

Dupont Circleに戻り、地下鉄でUnion Stationまで移動しました。Union StationのAMTRAKの発券窓口の様子を下見したあと、地下の雑然としたフードコートで昼食を摂りました。やたらに甘い味付けが多くてがっかりです。

外に出るとHop-On Hop-Offの観光バスに丸め込まれて乗り込みました。もう時間が遅かったのですが、2日間有効だと言われて乗ってしまいました。喋りまくる女性の運転手にキャピトルヒルからポトマック河畔までぐるぐる連れまわされた挙句、4時半過ぎに今日はここまでということで下ろされてしまいました。

場所がよく分からなかったので店に入って地図を見せながら尋ねましたが、どうやらそれが間違いのもとで、Pennsilvania Ave.をうろついた挙句、FBI(!)の建物に入って受付のおっかない感じの係官に地下鉄の駅の在りかを教えてもらいました。後で考えれば頭の中が完全に東西逆になっていたことになります。

セブンイレブンでサンドイッチと飲み物を仕入れてホテルに帰りました。

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4日目:

ホテルのレストランで遅めの朝食のあと、地下鉄でナショナルギャラリーに出かけました。東館が改修中で有名な絵はみな日本に貸し出し中だと思っていましたが、意外にたくさん残っていて楽しく観て回れました。

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The Railway. Manet, Edouard

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Roses. Gogh, Vincent van

この日は土曜日とあって混んでいました。館内が広くて複雑なので観て回るのにエネルギーが要ります。

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メインフロアーの中央にあるRotunda

カフェはほぼ満席でしたが何とかキチンの近くの席が取れました。基本的にセルフサービスのようなシステムですが、担当の人がコーヒーを入れてくれたり勘定書を運んで来たりします。

ギャラリーを出て商店街を探そうということになりましたが、街中の通りにはそれらしい所は見当たりません。結局、ユニオンステーションの二階にある店を物色しましたが、どこも気に入りません。諦めてUNOというピザ屋で休みました。腰かけていると睡魔が襲ってきてうとうとしてしまい家内に起こされる始末でした。

ユニオンステーションを通る地下鉄はレッドラインですが、Foggy Bottomに帰るにはどこかで乗り換えになります。

乗換駅のMetro Centerは巨大な立体交差になっています。

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Metro Center駅の立体交差

例によってセブンイレブンに寄ってからホテルに帰りました。

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ワシントンDC駆け足訪問(その1)

3月2日から6泊8日でワシントンDCに行って来ました。

初日:

シカゴ乗り換えで20時に到着。シカゴの入国手続きでセキュリティーチェックで何度もやり直しになってぎりぎりで搭乗できました。ホテルにチェックインしただけでおしまいです。

ホテルはFoggy Bottom地区のNew Hampshire Avenueにあり、古風なコロニアルスタイルの民家が建ち並んでいる辺りでした。

折しもスーパーチューズデイの真っ只中でテレビも殆どその話ばかりでした。

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二日目:

ホテルのレストランで朝食のあと、地下鉄でアーリントンの国立墓地に向かいました。手始めに駅の自動販売機でSmarTripカードを買いました。SuicaやPasmoと似ていますが、例によってオプションの種類が多くてうろうろさせられました。居合わせた警官に手伝ってもらい何とか買えました。支払いはクレジットカードです。現地のお年寄も誰かに手伝ってもらう人が多いようでした。チャージ額もセントの桁まで調整できる仕組みになっているようでした。

アーリントン国立墓地の駅でエレベーターを上がると幅の広い通りにでました。50年まえの記憶を辿ろうとしましたがすっかり様子が違っていてよく分かりません。取り敢えず門の所まで歩きWelcome Centerに入りました。案内図を手に入れ人に聞きながら延々と歩いてTOMB OF THE UNKNOWN SOLDIERに辿り着くと、丁度午前11時の衛兵の交代の時間になりました。

この日は定時の衛兵の交代のほかに教会関係者など3組の人達が花輪を捧げる儀式がありました。この日の衛兵の隊長は女性でした。

墓地を出て地下鉄でキャピトルヒルに向かいました。

Capitol Southで下車し議事堂の方角に坂を上がりました。脚が疲れていて酷くきつい坂に感じられました。やがて丘の上に到着し見晴らしが急に良くなりました。左前方に国会議事堂が見えましたが、工事中の足場で覆われていて見る影もありません。

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どこかで休憩したいのですがいかにも場所が悪く、とぼとぼと南に下ったあたりのベンチに座り込みました。すると家内が管理人の小屋に行って食事処を訊きだしてきました。アメリカ・インディアン博物館で食事ができるということでした。行ってみるとなるほど一見フードコートのようなカフェテリアがありました。従業員の人相や制服などから判断して、先住民など少数派の人々に職場を提供しているようでした。

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味は大雑把ですが何とか食べられました。あれこれ取りすぎて食べ残しを紙に包んで帰る羽目になりました。博物館の展示は見学しないで寄付だけして帰りました。

地下鉄のFoggy Bottom駅はGWU(ジョージ・ワシントン大学)の構内にあるのですが、ワシントンの胸像が表と裏の二か所にあって初めはそのことに気が付かず、駅を出てからホテルまでの道が掴めないでうろうろしていると中年の男性に声を掛けられました。

訊けば日本で2年ほどNOVAの先生をしていたそうで、途中のセブン・イレブンの辺りまで案内してくれました。セブン・イレブンで翌朝の食糧を仕入れて帰りました。

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