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アルゼンチン観戦武官の記録

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以前に古本の展示場で見つけた本で「アルゼンチン観戦武官の記録」(ISBN 4-901009-02-8)というのがあります。ハードカバーで315ページある重い本です。当初少し目を通しただけで仕舞ってありました。先日本棚を眺めていて再発見し今度はしっかり読みました。1998年に日本アルゼンチン協会から第1刷が出ています。原文はスペイン語でしょうが津島勝二氏による翻訳がこなれていて読みやすい文章になっています。(このレポートは不思議なことに他からも出版されているいるようです。)

中身ですが、アルゼンチン海軍のマヌエル・ドメック・ガルシア大佐が、観戦武官として日本の軍艦に乗り込み、日本海海戦を視察して纏めたアルゼンチン政府に対する「秘密報告書」です。内容は第1部「戦争準備と日本海軍の優秀性に関する研究」と第2部「戦闘と作戦に関する研究」からなっています。海軍の専門家による公式報告書なので一般の読者には冗長の感を持たれるかと思いますが、そこは読むほうが取捨選択するしかないと思います。この戦いについては多くの歴史書や伝記が出ていますが、(観戦武官という立場の)言わば「当事者」が書いたものはあまり例がないと思います。著者は後にアルゼンチンの海軍大臣を務めた人だそうです。

著者は日本海海戦のとき装甲巡洋艦「日進」に乗っていましたが、この船は元々はアルゼンチンがイタリアに発注したものでした。アルゼンチンとチリの間の軍事的緊張が解決したため完成前に急遽日本が譲り受けたものです。このとき「日進」とともに「春日」も日本に譲渡されました。アルゼンチン側の艤装委員長だった著者が日本側との交換文書に署名したのだそうです。ジェノヴァの軍港の外ではロシアの軍艦が見張っていましたが、艦を日本の同盟国だったイギリスの船籍にすることでロシアの攻撃を封じて、二隻を日本まで回漕できたようです。

このあたりの状況については、当時の各国の工業水準や貿易関係の面からも調べて見たい気がします。ジェノヴァは地中海の東の端にあって、第2次世界大戦まで軍港として重要な地位を占めていたと思いますが、現在はどうなっているのでしょうか。イタリアは今でもアルゼンチンとは密接な関係にあるようですね。

「日進」が被弾して多くの戦死者が出たあたりの記事は著者自身の目撃体験談だけに迫力があり、資料としても貴重です。

著者の意図としては母国の海軍を強くするための資料という面が強いようですが、同時に知日派として当時新興国だった日本の実力を高く評価していたことが伺えます。と同時にロシア側が日本を過小評価しそのためにあらゆる点で後手にまわっていたことを鋭く指摘しています。

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コメント

tona様
長らくブログをサボっていてすみません。これからもう少しまめに書くようにいたします。小生はジェノヴァには行ったことがありません。空からみた写真ではこじんまりとして見えますね。
日露の戦いは20世紀の初頭にあった訳ですが、飛行機もタンクもない極めて19世紀的なものだったと思います。但し、当時マルコーニが開発して間もない無線通信などが使われていて、前線では塹壕まで電話線を張るのが最初の作業だったようですね。日露ともにいち早くすべての軍艦に無線電信機を装備していたのは驚きです。日本海海戦でも敵の通信を傍受して動静を探り報告することと、敵による傍受を防ぐための通信規制などが行なわれたようです。

投稿: evergrn | 2013.04.09 13:59

日本海海戦についての船については全然知りませんでした。
アルゼンチンの著者によって思いがけない内容を知って驚きました。
おまけけにジェノヴァまで関係するとは。
ジェノヴァに行ったことがありまして、コロンブスの生家を見学しました。海には船がいっぱいですがマルセイユほど大きくななかったことしか覚えていません。

投稿: tona | 2013.04.09 09:12

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